トナリテレビ


 

 オレの兄が魔王になりました。
 テレビの中(物理)で。




『世界を制服で染め上げる!』

「意味がわからないんだけど、とりあえず三文字で説明してくれる?」

『パルス』

「〇ね」

『ひどい』

 ひどいのはどっちがだ。
 朝起きたら兄がテレビの中(物理的)にいたオレの気分がわかるか。
 文字に起こしてさらに頭を抱えたくなったオレの気持ちがわかるか。

「なにこれ。なに局」

『オリジ』

「滅べ」

 とりあえず、テレビ(物理的)とはなにか。
 まずそこから説明せねばなるまい。


 朝。いつものように生理的欲求を済ませた後、顔を洗ってから階下に降りた。
 親はいないが年の離れた兄と二階建ての一戸住まいである。
 二階は居住区、一階は兄の仕事の部屋になっている。
 よくわからないコードを踏まないようにしながら小さく設けられたキッチンの扉を開けようとしたその時。

 なんかあった。

 ずんぐりとした黒いかたまり。
 近づいてみると縦横一メートル、横幅三十センチくらいの画面装置。
 なんだこの過去の遺物。
 現代日本では見られなくなった置物テレビというやつだろうか。
 オレの知っているテレビは壁貼りのタイプか空間呼び出しタイプで、こんなものはネットでしか見たことがない。
 物珍しく眺めていると、ブチッという音と共にざらつく画面がともった。

『イエス! 成功だ! イヤッフーウ! 見てる? 見えてる? オンリーワン☆ナンバーワン生足大好きお兄ちゃんだよー!』

 消すボタンどこだよ。
 画面以外になんの凹凸もないので腕を組んで見ていることしかできない。

『肉体と意識の隔離に成功。これぞ人類の夢の一歩だよね! 第一人者のボクはまさしく王! カッコよさげだから魔王を名乗る! 世界を制服で染め上げる! 征服じゃなくて制服ね! アクセントが違うんだぜ! SE・I・FU・KU! タイツは認めない! ん、あれ…見えてなかったりするー?』

 意味がわからない。
 どうなってるんだこれ。
 そもそもこれはテレビで合っているのか。スカイプとか電話かなにかか。どうだろうか。
 テレビだと一方的に見えるだけで、映るほうはこういう行動になるのではないだろうか。

『え、もしかしてプログラムミス? マジで? いまのとこボクここから動けないんだけど』

 キッチンにあるレトロなコーヒーメーカーを稼働させ、カロリー制御された簡易食をパックから取り出す。
 なんか背後がやかましいが放っておこう。
 一度部屋に戻って部屋着から着替えるとコーヒーをポットに入れてそのまま家を出た。


 学校は身体を動かす場所。
 あとコミュニケーションを学ぶ場。
 出席などは取っていない。課題に沿ったファイルを提出すれば認可がおりる。
 半世紀も前だと、部屋に何十人も詰め込んでひとつのことを勉強していたらしい。
 全くの無駄だと思う。
 個々のレベルに合わせずに教えるなど、昔の人間は効率が悪い。
 人のいない部屋を選んで入室する。
 手首に巻かれたIDと網膜をスキャンして扉が開く。
 家から持ってきた食事をデスクに広げ、備え付けの勉学用液晶をなぞって立ち上げた。

『ハァイ! ボク魔王!』

 危うく噴くところだった。
 コーヒーを飲み込んだあとだったので盛大にむせたが。

『世界のみんな、はじめましての人もお久しぶりの人もおはようこんにちはこんばんは! ボクです!』

 どういう挨拶だ。
 名乗れよせめて。
 画面の中は家で見たときよりもきらびやかになっていた。
 どこまでも白い空間に真っ赤なソファ。
 真っ白いシャツに白いズボン。
 癖のある黒髪にたれ目がちな目。
 ありふれた日本顔の青年がそこにいた。
 あれでいて三十路前だからおそろしい。

『突然だけど、電脳世界はボクの支配下に置かれましたーパチパチ。わかってると思うけどネットは君たちの生活に深く食い込んで離れないよね。それ無しでは生きれないくらいにさ』

 ゾッとした。
 いまさらネットを介しないものなどあるものか。
 衣食住、どれをとってもありえない。
 それを乗っ取るということ。
 それはまさしく。

『まー争いは嫌いだからね、ボク。平和にやっていこうと思ってますのでそこんとこヨロシク☆』

 言いたいことだけ言って画面は閉じた。
 再び立ち上げたがそこに映るのはいつもの公式。

「ブレイン・マシン・インターフェース…」

 兄はいま、電脳世界にいる。
 ゲームである程度の時間をダイブすることはできるだろう。
 しかし世間に出回るヘッドギアを使う簡易なものではない。
 学校で用意されているものは、ハッキングされないように何層もの壁が張り巡らされているはずだ。
 それにあれは全世界に、全人類に向けたもの。
 兄は本気だ。
 本気で魔王になろうとしている。

「どうしてだよ…!」

 簡易食が手の中で形を変える。
 だって、おまえ。

「服屋の店長だろうが…!」

 しかも、なんというか世間一般からずれた顧客を相手にした。
 過去の遺物、ジェンダーフリーをあきらかに無視したファッションを掘り起こしたものを売りにした。

 なにが兄を駆り立てたのか。
 いや、頭はいいはずなんだ。
 最高峰の学校を十代前半で跳躍していった若き天才。
 亡くなった両親に代わり、まだ幼児だった自分を扶養しながら資金運用と家事を担った人徳者。
 誰よりも尊敬していた兄。

 どうしてこうなった。


 そして、冒頭に戻る。

『ううう…説明しろって三文字じゃ無理。気持ちを伝えることしかできないよ』

「なんの」

『好・き・よ』

「うざい」

『うわぁあああ! 育てかた間違えたぁあああ!』

 残念ながら健やかに育ちましたがなにか。
 やかましいコレは、オレが夕刻に帰りつくまでに侵略と称していいことをしでかしていた。
 各国のメディアはこぞって兄を取りあげた。
 兄はハングリー精神ですべてに対応した。
 端的に言えば増えた。
 量産型兄がネットを駆け巡った。
 電脳世界において、兄に不可能はなかった。

『ボクがしたいのは世界制服であって世界征服ではありません! そこんとこ超☆重要!』

 声高に兄はそう言った。

 いや、意味がわからない。
 世界制服ってなんだよ。
 各国の主要人物たちも言いよどんだ。
 兄の映像が世界中のディスプレイに映る。

『あなたたちは忘れてしまった。大昔からの伝統を効率化という名の元に。わからない? まわりを見てみなよ、誰も彼も同じような服ばかり!』

 自分の服を見てみる。
 隣の人間の服も。
 素材や色はほとんど同じ。
 それは、数十年前に動物や植物からの採取を一部を除いて世界的に禁じたからだ。
 どんな物質だろうが、合成して得られるようになった世界で無作為な乱獲はできない。
 それは食と建物も同じ。
 服だってそうだ。
 いまだに自然派をうたう人間もいるが、高価で庶民には手が届かない。

『そりゃ、必要最低限に生きていけたらって考えもわかるよ? 食だって少なすぎてもダメ、多すぎてもダメ。住むとこだってさ、暑すぎても寒すぎても人間は死んじゃう。弱いもんね』

 兄の言葉は世界に響く。

『でもさ、着るものくらい自由でいいじゃないか! 素材はどんなものだって作れる、デザインだって溢れてる! なのに…』

 半世紀前からだろうか。
 ある団体の思想が世界で受け入れられた。

 ジェンダーフリー

 男女の区別をなくそう。
 男女で服が違うのはナンセンスだと。
 その考えは固定化した。

『露出の少ない服。別にこれはいいよ、想像がふくらむというものじゃないか。小さいのも大きいのも分け隔てなく愛でるのがボク!』

 なにが言いたい。

『男がスカート。これも良し。似合うのなら性別など必要はない! むしろ積極的に着るべきだ!』

 世界のみなさんごめんなさい、あんなのが兄でごめんなさい。
 普段はもっと普通なんです。

 いや、そうでもなかったな。

『ボクが…どうしても堪えられなかったモノ…それは』

 その時、世界に激震が走った。


『学生服が無くなったことだよー!!!』






「本当にそんなことで魔王になった、と」

『まだわからないの!? ジェンダーフリーで一番早く消えてしまった伝統服を!』

 真っ先に目をつけられたのは学生服。
 特に日本は性的な象徴にもなっていると一部は過激に無くなっていった。
 反発がなかったわけではないが、徐々に世界の波にさらわれ消えていった。
 いまある学校では男女同じデザインのパンツスーツスタイルか自由服が一般的だ。
 オレの通う学校は後者になる。
 服は誰も大差ない、兄が着ていたようにシャツにズボンが普通だ。
 そこに男女の差などはない。

『ボクは小さなことからコツコツと、少しずつ少しずつ広めよう変えようとしてきた。でも、このペースだと間に合わないと気づいたんだ…!』

「間に合わない?」

 ありとあらゆる企業、学会の誘いを断り服を作り出した兄。
 笑われもした。
 貶されもした。
 それでも笑顔を絶やさなかった。折れなんかしなかった。
 オレは、そんな強さを持つ兄が好きだった。
 そんな兄を、これほどまでに駆り立てたのはなんだというのか。

「兄にならできる。なんだってできる。こんな極端なことをしなくたって」

『いまじゃなきゃダメなんだよ!』

 声を荒らげた兄は、泣いているようだった。
 黒いかたまりの画面の端に座り込み、顔を伏せている。
 泣かないでくれ。
 なんでもするから。

「どうしたら魔王をやめるんだ」

 物語ならば勇者が出てくるのだろうが、ここは現実の世界。
 そして兄は電脳の世界。
 近くて遠い。
 兄のいる世界はどれほど広いのかは知らないが。

「ひとりはいやだよ、兄」

 この広い家にひとり。

 ひとりはさびしい。
 ネットが至るところに広がって、人間の関係も希薄になっていった世界。
 オレだって親しい人間なんてそういない。
 兄だって、いつも言うじゃないか。
 仕事だって外で持つことだってできたのに、さびしいからって家にいつもいたじゃないか。

「帰ってきてよ、お兄ちゃん」

 ひとりにしないで。
 いつの間にか、顔を伏せていたのは自分のほうだった。
 いい年して、泣きたくないのに。

『ねぇ、ひとつお願い聞いてくれる?』

 顔を上げると、すぐ近くまで兄が来ていた。

「聞いたら、魔王をやめるの?」

 ああ、話し方まで幼くなってきた。
 泣くのだけは堪えた。
 兄はつられて泣いてしまうから。

『ひとりはさびしいもんね』

 オレは、小さくうなずいた。

 その時、気づくべきだった。
 兄がしたいというのが世界制服だということを。






『ナイスアングル! ナイスデザイン! やっぱボク天才だ!』

 前言撤回したい。
 一生電脳世界で暮らせ。

『いやーあのね、制服って着れる年が限られてるんだよ! たしかにコスプレで着てもいいと思う。それは自由だ申し分ない! だけどね』

「やっかましいわ!」

 やられた。
 乗せられた。
 最初からこうするつもりだったんだ。
 悔しい、過去の自分を殴って止めにいきたい。

『ブレザーも捨てがたいけど、やっぱりさー学生服って言ったらセーラー服じゃない? 白も捨てがたいけど、やっぱ妹には黒を着てほし』

「やっかましいわ!」

 途中でおかしいとは感じてたんだ。
 どうしてそこで止めなかったんだ。

 ひざ丈の短いスカートに赤いスカーフ。
 いつもひっつめている髪は希望通り高い位置で結んでいる。
 足は素足。靴下は履くなと言われた。
 この変態め。

『いくらジェンダーだっていっても一人称オレだし化粧しないし服は適当。お兄ちゃんは悲しくて悲しくて』

 やっかましいわ。
 何を着ようと何を言おうと勝手にさせてくれ。
 育ててもらった恩はあるが、言いなりになる気はない。

『あと十年もしたらそこそこ浸透するとは思うけど間に合わないじゃない? 十代なんてあっという間なんだもん』

 そんな理由で。
 世界はどう受け止めたらいいんだ。
 むしろオレはどう責任をとったらいいんだ。

 家のまわり、実は大変なことになっている。
 家に帰るにも想像を絶するやり方をした。
 地下通路がある一般家庭とか、ないだろ。
 いつ作った。むしろなぜ作った。学校から直通とか。
 兄の作ったセキュリティが周囲のなにかと戦っている。

音成(おとなり)兄妹! 突入されたくなければ早く投降しろ!』

 オレも共犯にされている。
 いや、たしかに元凶はオレか。オレなのか。

 いや、違うだろ!

「お兄ちゃんの馬鹿!」



 この後、周囲を自由自在に操って煙に巻いた兄と魅惑の制服を着た妹が世界で暴れまわるのは別の話である。

 

 


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