の実の中


 

 ギチギチと音がしますの。


 旦那の同僚の方から桃の缶詰めをいただきましたの。
 どこかの出張のお土産だそうで、見るからに高くて立派なやつですわ。持ち上げるとずっしりと重いの。
 ただ、ねえ。
 ええ、これはワタシの単なる好き嫌いなのだけれど、桃があまり好きではないの。
 意外かしら。
 ああ、桃の味は好きよ?
 お菓子もね、お茶も。香りがいいものね。
 ただ、ねえ。
 桃太郎のおとぎ話はご存知?
 そう、それ。
 桃の中から生まれた男の子が鬼を退治する。
 ワタシ、小さいころにあの話を聞いてから桃がこわくてしかたがなくなってしまったの。
 あのたわわに生っている桃がぱかりと割れて、虫が涌くみたいに一気に人の形をしたなにかが出てくるかもしれないって。

 もう、いま笑ったでしょう。
 いえ、いいの。
 ワタシだって途方のない話だと思っているから。
 いつまでもそんなことを言っていたら子供に笑われちゃうわ。
 うふふ、そうなの。
 ようやく安定期に入ったから言っちゃうけどね。
 ああ長かった。
 子供って簡単にできるものと思っていたのに、いまの旦那の間とはなかなか、ね。
 あのころのワタシは若すぎたわ。相手は結婚するって言ってくれたけど学生だったし。痛い思い出よ。
 だから育ててあげられなかったあの子達のぶん、この子は目一杯愛してあげるつもり。

 あら、もうおかえりになるの?
 ああ、ほんとう。雨が降ってきそうだわ。
 お気をつけて。
 また今度。


 ずいぶんと急いで帰っちゃったわ。
 せっかく淹れたお茶だって飲まないで。
 歳が近くて、昼間の暇な時間に話せる相手はあの人ぐらいしかいないのよね。
 それにしてもほんっとにダサい格好。近所を歩くだけだからって髪も化粧も手を抜いちゃって。
 だからあの歳になっても貰い手がないんだわ。かわいそうな人。

 今日も旦那は遅いのかしら。
 夕飯はどうしましょう。
 最近、惣菜を買って済ませているのがばれている気がする。
 でもしかたがないのよ。
 ワタシは妊婦だもの。
 それにしてもお腹が空いたわ。
 なにか食べるものなかったかしら。
 買い溜めしていたお菓子は午前中に食べきってしまったし。

 ああそうだわ。
 戸棚に桃の缶詰めがあったんだった。
 桃の、缶詰めか。
 まあ、背に腹は替えられないものね。


 あら、なんの音かしら。

 戸棚の方からギチギチと音がしますの。


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