話+半年間の短縮経緯


 

 ――四月、クラス替え――



「俺、堺夏輝。よろしくー」

「どうも。高千穂澄です、はじめまして」

 席はあいうえお順なのでさ行とた行の間には三人しかいなかった。
 すぐ後ろに座っていた十河は軽く夏輝に会釈したあとはすぐに手元の本へと目を落としたので、さらに後ろの席の人物に話しかけてみたわけである。

「あ、例の有名人」

「なんの有名人?」

「性別を間違って生まれてきたかのような美少女だって」

「………」

「蓮見ヶ浦学園のマドンナで天使で女神で高嶺の花だって」

「………」

「現物見るまで半信半疑だったけど本当に女顔だ」

 実際に目の前で見たら聞きしに勝るもので。
 夏輝は美醜に囚われることはないし、好みとしてもどれだけ可憐だろうが女の子だった。
 一応、これは夏輝からすれば褒めたのである。

「……堺」

「なに?」

 対する高千穂はこれまたクラスがざわめくような笑顔を夏輝に向けて放った。

「おまえには容赦なくいくから覚悟しとけよこの野郎」

「えええ!?」

 もちろん怒りの笑顔である。


 ――五月、ゴールデンウィーク明け――



「十河、テスト範囲が休み前より伸びてね?」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「………」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「だよな、やっぱり数学の範囲がかなり広がってるよな」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「………」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「え、直前に言ってた? いつ?」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「………」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「あ、マジだ。言ってた言ってた。最近さー電車ですごい仔犬っぽい子をみつけて」

「……堺」

「なに高千穂」

 もう使わない藁半紙の裏に文字を書き連ねていた夏輝は、後ろで黙ってその様子を眺めていた高千穂に振り返った。

「聞いていいかな」

「うん?」

「筆談なのに口に出して言わなきゃいけない理由は?」

 藁半紙に書かれた文字と同じように話す意味はあるのか。

「え? 十河がうっかり話すんじゃないかと」

「………」

 十河は黙りこくったままである。

「話さないことに、なにか聞くことは?」

「本人が言えば聞くけど、言うほどのことじゃないし。意思表示が通じればいいから特に?」

「………」

 人には人の事情がある。
 踏み込んではいけないラインがあるならそれが消えるのを待つか、向こうがそれを越えてくるまで放っておく。

「でさ、電車でゴ〇ゴ読んでる子なんだけど」

「いまので全部吹っ飛んだ!」

 夏輝にシリアスという時間は長くは続かない。


 ――六月、体育祭の数日後――



「あばら折れてた」

「はああ!?」

 振替休日の翌朝に夏輝は藪から棒にそう言った。
 腕や脚ではないので折れてると申告してもわかりづらい。

「いやいやいや、なんで? 組体操も普通だったしクラス対抗リレーも転けてなかったろ」

「そのあとに落馬してさー」

「騎馬戦なんてないぞ、うち」

 ずいぶん前にあったそうだが、安全上に問題ありと判断されてなくなった。
 賭け事に使われていたからというのが本当の廃止理由らしいが。

「あ、家の馬から」

 人ではなく。

「本当の馬!?」

「うっかりしてたわ。最近かまってなかったから拗ねててさーこう、おもいっきり振るい落とされて。その時はそんなに痛くなかったから結局は親に言われて夕方に気づいたんだけど」

「いやいやいや、ないないない」

 馬に乗ったのはいいとして、なぜ気づかない。

「かかりつけの医者からは「またお前か」と言われて」

「常習犯か!」

 昔はもっとすごい怪我をしていたと言うと怒られそうだな、と夏輝はそれ以上は言わなかった。


 ――七月、夏休み前――



「海行きたい川行きたいプール行きたい」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「………」

「家の近く? あるけど水源だから泳ぐの禁止だし深いし速いし」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「あ、うんそうそう。一回落ちて溺れかけた」

「やっぱりか」

「うお、びっくりした!」

 昼休み、教室でいつものように筆談(読み上げ)をしていると、委員会に呼ばれていた高千穂がいつの間にか背後に立っていた。

「なんなの。おまえは一通りの危険行為に挑まないと気が済まないの?」

 呆れと疑いとツッコミが入り交じった言葉である。
 最近、高千穂が夏輝に対しては容赦がなくなってきた。

「いや、それはないけどマキコが限界に挑戦するからさー」

「マキコって誰だよ!?」

「雌鳥のマキコ」

 これだと罵倒語のようである。

「………」

 カリカリカリ

「お、十河なになに「意味がわからない」って? 相変わらず達筆だなあ」

「返答になってない…」

 結局は海にも川にもプールにも繰り出すことはなかったが、それは別に夏輝のせいではなく予定が組めなかったせいである。



 ――八月、夏休み中課外――



「大学ガイダンス多くね?  二年なのに資料がすごい家に来る」

「いまだからやるんだよ。堺はもう決めてるの」

 どこから漏れるのか最近はいろいろ来る。
 成人式に振袖は着れるわけがないのにそれもたくさん来ていた。

「えー。行くなら県内の国立かな」

 カリカリカリ
 ガリガリガリ

「………」

「お、十河もか。家から近いもんな。さすがに大学はこっちで一人暮らししたい」

 通えないことはないが、どうせなら一回は家から離れてやってみたい。

「うわあ。だとしたら来年のクラスが一緒になる可能性が高い…」

 高千穂も国立狙いらしい。
 二年生次にすでに文系と理系にわけられているので、進学先希望が同じならば。

「これで合格したらさらに四年間も学校が一緒、と…」

「………」

「え、なになに高千穂そんな手で顔伏せてどうしたの。十河もどこ見てんの」

 縁というのはよくわからないところで絡み合って続いていくものである。


 ――九月、テスト明けの一週間――



 水曜日

「高千穂、今日もあの子見たー!」

「はいはい」

 木曜日

「十河、あの子と接触したー!」

「………」

 金曜日

「高千穂、あの子に話しかけてみたー!」

「フットワーク、軽っ」

 土曜日

「十河、朝からあの子と約束してきたー!」

「………」

 日曜日

「ど、どうなってると思う?」

「………」

 月曜日

「高千穂、あの子の実家に行ってきたー!」

「意味がわからない!」

 火曜日

「十河、高千穂、あの子と友達になったー!」

「………」

「意味がわからない!」



 縁というのはまことに妙なところで繋がっていると知るのは、これからちょっとばかり先のことである。

 


 

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