とになった人形


 

 演じることは、好きだった。
 あのひとが褒めてくれるから。
 その時だけは、自分が生まれてきてもよかったのだと思えたから。
 もっと大きくなると、演じること自体が楽しくなった。
 与えられた役を過不足なく演じられた時の達成感は喜びになった。
 褒めて、褒めて。
 喜んで、喜んで。
 わたしはあのひとのために生まれたんだ。

 でも、成長していくごとに。
 世界が広がっていくごとに。
 あのひとは笑わなくなった。
 あのひとはどこかにいった。
 お願いだから。
 お願いだから。
 スポットライトを浴びて、カメラの前に立つわたしを。
 物のように、見ないで。

 褒めて。褒めて。
 喜んで。喜んで。
 嬉しい。嬉しい。



 ――――寂しい。

 パラリとまた場面がかわる。

 小学校に上がった年に世界でも有名な監督の映画の主演をわたしに、との話が来た。
 あのひとは、わたしに一言も断りも入れずに契約をした。
 もう、慣れた。
 わたしは与えられた役をこなせばいいのだ。
 人形のように。
 商品のように。
 出演者がほぼ子役というその映画は、ある童話をモチーフにしたもの。

 《白雪姫》

 台本を、台詞を読み解いていくごとに。
 この話が、お姫さまが。
 わたしの境遇と似ていることに気がついた。
 可憐で、可哀想な白雪姫。
 母親と、仲良くしようとがんばるお姫さま。

 いつも微笑みを絶やさないとか。
 怒ったところをみたことがないとか。
 控えめで思慮深く物静かだとか。
 優しくて思いやりがある性格だとか。
 面倒見がよくて頼まれたら断らないとか。

 ああ、天使の噂を聞いてイラついたのは、このせいか。
 ふわふわと浮きながら、眼界に溢れる景色を覗きながら納得した。
 
 あの頃の、わたし。
 わたしは、女の子はあのひとに捨てられまいと必死になっていい子になろうとしていた。演じていた。
 
 いつかのあのひとのように笑みを絶やさず。
 いまのあのひとのようにむやみに怒鳴らず。
 あのひとの望まない発言はしない。
 ただただ、あのひとが言うことだけをこなし。
 あのひとがされてイヤなことはしない。
 昔の、あのひとのようになりたくて。
 知らない誰かにでも頼られたら嬉しかった。

 パラリとまた場面がかわる。

 ひらひらとした衣装を身につけて、女の子は舞台裏らしい雑多とした部屋の中にいた。
 照明のせいか少しぼやけた視界に映る、わたしより小さな男の子。
 台本を持っているので共演者かもしれない。
 泣きそうな男の子を励ましながら、女の子は優しげに笑う。
 まわりはすべて大人という世界で成長した女の子は、同世代の誰よりも大人びていた。
 どうすればこの男の子は喜ぶだろうかと瞬間的に頭の中でシミュレーションし、弾き出す。
 この子が求める人物像になろう。演じよう。

『君が大きくなったら、そうしよう』

 左目に泣き黒子のある男の子と、指切りをした。
 他愛ない約束。
 あのひとのような笑みを浮かべて。
 わたしがあのひとみたいになれば。
 あのひとは戻ってきてくれるかな。
 そんな風に、思いながら。
 それまではあのひとの望む、可愛い可愛い、お人形になろう。




 パラリとまた場面がかわる。

 本当は、わかっていた。
 それでも、知らない振りをしてごまかしていた。
 演技に、芝居にのめり込んで、わたしは可哀想じゃないって。
 あのひとに必要とされているんだって。


 ああ、目をふさいでいたいのに。
 ああ、耳を閉ざしていたいのに。
 光景は鮮やかに展開されていく。

 主演映画の初上映の日。
 いろんなところに顔を出して、挨拶をして。
 笑って笑って笑って。
 演じて演じて演じて。
 長らく、わたしの側にいなかったあのひとは。
 夜遅くになって現れた。
 
 知らない香りと、知らない男の人を連れて。


『りんご、新しいお父さんよ』

 あのひとは、艶やかに笑んで―――――


 ナニかが、切れた音がした。


 その後の、記憶はあやふやだ。
 夢の中は嵐のように景色が飛んで、飛んで、飛んでいく。
 目の前が赤くなって、黒くなって。
 気づきたくなんて、なかったのに。

 どうして。
 なんで。
 どうして。
 わたし、がんばったのに。
 もう褒めてもくれないの。
 いらないの。
 わたし。
 もういやだ。
 だめだ。
 もういやだ。
 いやだ。

 あのひとと、このひととは一緒にいたくない!
 
 助けて!


 たすけて!

 

 タスケテ!





 パラリパラリパラリ。
 積み重なる映像、虚像、静止画。
 そしてなにもない、暗闇。静寂。


 パラリとまた場面がかわる。

 白い壁に白いカーテン。
 動かない腕に繋がれた管の先には、何かの液体が入ったものが吊るされていて。
 気がついたら、わたしは。
 父の弟だという人に引き取られていた。
 あの日。
 わたしは、狂ったように笑って。
 いつかの、あのひとに内緒で飼っていた猫と同じようになろうとしたんだって。
 まだ若い、学生結婚をしたばかりの叔父と叔母は泣いた。
 演技ではない、涙を流して。
 いろんな人と揉めて揉めて、それでもわたしを引き取りたいって。
 わたしを、姫菱りんごではなく。
 
 ただの。
 父がつけてくれた、柘榴でいいって。
 言ってくれたから。


 わたしは、かつての自分をあのひとごと捨てた。
 可哀想な、姫菱りんごを殺した。


 


 

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