法少女と練中につき。


 

 魔法少女とは―――


 些細な事柄から生まれた悪をのさばる前に駆逐するために生まれた希有な存在のことである。
 女神から心霊から、はたまた電子的生命体から一時的に与えられた豊潤なる力を使うことを許された者。
 最古の魔法少女がどこから生まれたかはいまだに不明で確かな証拠はなく今でも討論が続いている。
 すべての魔法少女は魔法使いの系譜になった。
 魔法少女を始祖とし、その血筋のものは性別に関わらず大なり小なり魔力を有し、魔法使いと呼ばれるようになった。
 大抵の魔法使いたちはこの力を次代へと託そうとした。
 魔法少女が絶えれば、その家の魔力もまた絶えて魔法使いでなくなってしまうからだ。
 娘であったり孫であったり、血の繋がりがあるならどんなに薄くなってもいい。
 そうして魔法使いは世界を守っているように見せている。
 こうして世界は魔法使いに守られているように見せている。






「ルドヴィーク! 上だ!」

 その声と同時に降ってきた岩石を、少年と青年の間くらいの男が避ける。
 しかしその避けた先の地面がぽっかりと音もなく開いた。

 落とし穴だ。

 そう気づいたときにはもう遅く、さらに上から岩石が―――

「とう!」

 その掛け声と共に飛んできた少女の蹴りにより、岩石の落下位置がずれる。
 華麗に着地した少女は穴に落ちてしまった男に手を差し伸べた。

「急げ! このあとは矢が飛んでくる!」

 穴から抜け出した男と少女に向かって、廊下の角に仕掛けられた自動で照準を合わせる弓がいくつもしなう。
 その矢をすんでで避けつつも二人は走る。
 別に敵に追われているのでも、敵地に潜入したわけでもない。

「あと五分以内に食堂にたどり着かねば朝御飯を食べ損ねるぞ!」

「ハイ、みゃーさん!」

 これは、毎朝繰り広げられる光景でしかない。
 少女―――
樗木美夜日(ちしゃきみやび)の家にはいたるところに罠が仕掛けられている。
 それは玄関、個人部屋、犬小屋にお勝手まで多岐に渡る。
 
 広い庭園も、どれを作動させても即時死に至るような罠が常時張り巡らされており、家人以外が立ち入ればまず命はない。
 この家の当主たる人物が物凄く空き巣が入るのを心配しているので仕方がないのだ、と美夜日は言うが。

(本当に忍者屋敷ですありがとうございました)

 男はそう思った。
 忍者などいないと、本やネットに書かれていたが彼らはこうやって存在している。
 自らがそうだと気づかないままに。
 そうでなければこのような家では暮らしていけないだろう。
 彼女の隙のない動きや行動はそこにあり、そして。

「怪我はしてないか?」

「体調フ良でス!」

「なんだと!?」

 大丈夫、と言いたかったのだが。
 口はどうも別の言葉を話しているようで。
 心配されているのがわかって、どうしたものかと口をつぐんだ。

(何も疑わない)

 その高潔な心を持って育つ彼女に。
 本当のことを言えないもどかしさに男は先日の出来事に思いを馳せた。






「失礼します」

 その言葉ひとつで空間が隔てられた。

 常人には見えない糸が周囲に張り巡らされ、そこだけ風景が切り取られたかのような錯覚におちいる。
 横にいたはずの少女は聞こえていなかったのか、男が立ち止まったことに気づかずにそのまま歩いて行ってしまう。
 傾いた日の光だけがやけに眩しい校舎の中庭で、振り向いた先にいたのは一人の少年だった。
 男と同じ制服を着ているので男子学生だということだけはわかるが、その黒髪も焦げ茶色の瞳や顔立ちはありふれたもので、よくよく見なければすぐに忘れてしまうような凡庸とした印象を抱かせる。

「少しお時間をとらせてください」

「何をいきなり言っているんだ君、は………!?」

 滑りでた言葉を最後まで言いきる前に手で口をふさぐ。
 いま、自分は何と言った。
 自分の耳がおかしくなったのか。
 いや、違う。
 これは―――

「ペナルティが科せられているというのは本当のようですね」

 抑揚もなく言う少年に、言葉を無くして男は固まるしかない。
 そうだ。
 男は、この国の言葉を聞き取ることに不自由がない。
 幼い頃から聞いていた言語であり、母国語と同じくらいには理解できる。
 そして実際には、話すことも本来なら不自由がないはずで―――

「ルドヴィーク・プロハスカ。いや」

 にこりともせずに、少年はこちらに感情の見えない目を向けてくる。
 それは彼女と同じ色のはずなのに、纏う空気が違ってみえた。

「サザンカ・カフカとお呼びしたほうがいいですか」







 そもそも、魔法使い―――魔法少女の在り方が日本と海外では大きな隔たりがある。

 日本ではそれこそ八百万と呼ばれるほどの魔法少女が存在する。
 確かに太古から複数の魔法少女は各国に存在していたが、日本にこれだけの魔法少女がいるのは訳があった。

 数百年前、突如として日本で巻き起こった魔法少女ブーム。
 時期としては鎖国から開国に踏みきり、情報が錯綜していた頃に。
 その時に生まれた魔法少女は百とも千ともいわれ、魔法少女時代と呼ばれた。
 何故そのようなことが起こったのかは解明されていないが、その名残がいまだ日本に色濃く残っている。

 魔法少女が生まれるということ。
 それは、魔法使いが生まれるということ。

 魔法大国日本。

 それが現在の世界での立ち位置だ。
 故に、日本では魔法少女、ひいては魔法使いの扱いが軽い。
 一般人との区別は魔力があるかどうかの一点のみ。

「お隣の奥さん、魔法少女だったんですって」

「あらまあーたいへんだったのねえ」

 その程度の扱い。

 際立つ差別もされておらず、魔法を公共の場でみだりに使わないという法律その他があるだけ。
 居住、職業、結婚に付随する制約も少なく、届け出があれば多少の審査はあれどほとんどが認可される。
 その時の魔法少女本人や役職をもつ直系の魔法使いでなければ、国外旅行も留学も申請無しで自由にできる。

 これは、日本だけの特例でしかない。



 魔法少女は国の宝だ。
 悪を滅す為に不可思議な力を与えられる少女。
 そしてその血筋もまた特殊な力を得るという。
 魔法少女が両手で数えられるほどしかいない他国では、魔法使いというものは丁重にそして強固に守られている。
 
 魔法少女を継ぐものがいなくなるということ。
 すなわちそれはその家系から魔法使いが生まれなくなるということ。

 その血を絶やさぬように。
 魔法少女を絶やさぬように。

 魔法使いの家系に生まれた者が国を越えることはまずない。
 大体は国の作った施設に収容され、生まれてから死ぬまでそこで暮らすことになる。
 職業は魔術師以外の選択肢はない。
 結婚相手もすべて決められている。
 もはやそれは悪を倒すために生まれた存在ではなくなった。
 国の威信の為に生かされた、ナニカ。

 籠の中の鳥。

 強靭な力をもつはずの彼らは生まれながらに洗脳教育をされて育つためか、そのことに微塵も違和感を抱かない。

 しかしその中でも、わずかにだがイレギュラーな存在が生まれることがある。

 魔法少女に選ばれた彼女は国中を飛び回ることで、自分たちが置かれている状況がおかしいのだと気づいていった。
 しかし、まわりの魔法使いはそんな彼女のほうがおかしいのだと笑う。
 唯一、そんな彼女を笑わなかったのはその時に対峙した悪の組織の頭領だった。
 お膳立てされた最終戦、悪だと断じられた彼はこの国の魔法使いの在り方を糾弾した。

 おかしいと。
 何故、反抗しないんだと。
 それではまるで家畜ではないかと。

 その叫びは、彼女の心に届いた。

 強く、強く。



 気づけば彼女は悪の組織と共に国から逃げていた。
 逃げる数年で、彼女は魔法少女からただの魔法使いになったがそれと引き換えに一人の子供を授かった。

 それがサザンカである。

 悪の組織の頭領を父に、元魔法少女を母に持つ彼は、常に誰かを騙して逃げなければならなかった。
 気のいい友人でさえ、本当は国からの密偵かもしれない。
 疑って疑って、信じるということはもはや出来なくて。

 十を過ぎた頃。
 とうとう捕まり、母と共に国に戻された。
 そしてはじまる、教育という名の洗脳。
 母の血を色濃く引いたサザンカは魔法使いとしてはとても優秀で、国としては逃しておくことができなかったのだ。
 しかし、サザンカは父の―――悪の組織の頭領の血を引いていたので。
 闇の魔法を使えた彼は、洗脳されることなく母と時期を狙い脱走を練っていた。
 その機会が来たのは一年前。
 しかし、その時に逃げれたのはサザンカのみで―――
 
 母は残った。

 あの狂った鳥籠の中に。
 さらに、国外に逃亡した彼には密かに魔法がかけられていた。
 国家機密を漏らさぬように、言語がデタラメになる呪いが。
 落ち合った父はもちろん、他者にも伝わらない。
 これだと上手く魔法も操れない。

 そして、父が漏らした弱音。

「サザンカ、ワタシは組織を解体しようと思っている…おまえだけでも無事に生きてくれ、母さんのことは…」

 諦めろというのか。
 このままだとあの鳥籠の中に一生囚われ、責め立てられているだろう母を。

 どれだけ言葉にして止めようとしただろう。
 しかし、この口から出るものはおかしなものばかりで。

 そんな中、出会った。

 あまりにも真っ直ぐな少女に。







 巡る思考に、目の前の少年の像が揺れる。
 偽名と本名を言い当てた少年は、静かにこちらを見ていた。

「よくもまあ、一年以上も騙くらかせたものですね。こちらの手落ちではあるのですが」

「〈紅蓮の〉」

「無駄ですよ」

 少年が形成しているだろう空間から逃げる為に呼び出した炎は、瞬時に消し去られる。

「………!」

 魔法使いとして、サザンカは優秀といえる。
 その魔法を何の動作もなく打ち消す少年が弱いはずがなかった。

「君は一体…」

 ああ、と少年は軽く会釈してとんでもないことを言った。

「名乗り遅れて申し訳ありません。協会の理事が一人、
夢見屋(ゆめみや)と申します」

「協会、の理事…!」

 思わず、視界が揺れる。

【世界魔法少女協会】というのは、世界各国から集められた最高峰の魔法使いによって統率される組織だ。
 魔法少女と呼ばれる存在を支え、守り、稀に咎めるためにあるもの。
 事業内容は多岐に渡るが、確か、その理事は全員で十一人。
 そのすべてが名の知れた魔法使いのはずで―――

「え、名乗らなきゃいけなかったのー?」

 ぽよん、という間抜けな音と共に空間が歪む。
 弾けた音と同時に眩む夕日がサザンカの目に差し込んで反射で顔を腕で被った。

「ちょ、なに勝手に結界破って…!」

「この案件ボクのじゃなかったー?」

「そうですよ、放棄されてたのを引き継ぎました!」

「残念、放棄じゃなくて放置してたんだなコレはさ」

「一緒だ、この馬鹿!」

 響く蝉の大合唱の中、顔を上げるとそこにはもう一人、人間が増えていた。
 いまのいままで、何の表情も浮かべていなかった少年は、明らかに怒りの感情を顕わにしている。
 その少年の肩にだらしなく乗っかった赤みがかった茶髪の少年は、呆然としているサザンカと目を合わせて、茶目っ気たっぷりに言った。

「協会の理事が一人、
美逆(みさか)だよ、はじめましてー? あ、この言い方カッコいいかも」

「黙れ、このサボり魔!」

 ぎゃあぎゃあと、引っ付いてくる美逆と名乗った少年を剥がそうとしている夢見屋少年に先ほどまでの神妙な雰囲気はない。

「せっかく穏便に済まそうとしてたのにー妙なの見つけてきちゃって。ごめんねーこの子、理事になってから日が浅くってさあ」

「同時期だろがこの馬鹿! 下手すると国家間の諍いになるのを放置するやつがあるか!」

「そんなの、そうなる前に揉み消せばいいじゃん」

「!?」

 とんでもないことを言った。
 とんでもないことを言った。
 開いた口がふさがらないとはこのことか。
 目を丸くしたサザンカに、何かを言おうとした夢見屋の口を手で覆いながら美逆は口の端を上げた。

「海外の魔法使いの処遇に対してはこちらとしても胸糞が悪いなあって思ってるんだよねえ。でも正面から崩すのは時間がかかるじゃない」

 だからさあ。
 ひとつ、提案があるんだけど。
 どうする?
 その呪いも、解いてあげてもいいよ?

 天使のような、悪魔のような。
 中性的な美しい容貌をした少年の言葉に、サザンカは―――







「どうした、ルドヴィーク」

 心配そうに覗きこむ美夜日に、サザンカは勢いよく首を横に振った。
 口に出して伝わらないのなら体で表現するしかない。
 本来の名前も、名乗れないままに利用しようとした少女に。



 偽名で身分隠しに転入した先にいたのは、曲がったことが大嫌いな鋼のように真っ直ぐな少女だった。

「とりあえず、頼れ!」

 その小さい体のどこから出すのかわからない力で見つけた不正を正す彼女は、どこまでも自分とは真逆の存在で。
 逃げてばかりの自分には眩しくて、でも近くで見てみたくて。
 体を鍛えるというのは、魔法を使えなくなったサザンカにとってみれば確かに必要なことだった。
 ただ、美夜日の言う鍛練が単純に走ったりするものではなく、その家で暮らし、命の危機に晒されるのを防いでなおかつ俊敏性を身につけるというもので。

(確かに、鍛えられましたが…)

 一歩間違えば死ぬだろう、その一線を見極めることには。
 
 もう、十分だ。

 恩を返したいと思うが、このままでは巻き込んでしまう。
 その前に、離れなければ。

 でも、その前に。どうしてもその前に。

「みゃーさん」

「なんだ?」

「あ、アリが溢れトウ」

「蟻!?」

 もどかしい。
 感謝の言葉さえ、ちゃんと言えない。

「あ、アルカリ性と酸!」

「実験でもしたいのか!?」

 ちなみに、この呪いは言葉だけでなく文字に対しても関与してくるので、明確に誰かに何かを伝えようとすると変容してしまう。

 かくなる上は。

「拙者、ハラキリ!!」

「本当にどうした!?」

 何が起きるかわからない忍者屋敷の廊下で、サザンカは正座をして深く頭を下げた。
 彼女の側にいたかったけれど。
 あの条件を呑むのであれば、自分はこれ以上ここにいてはならない。
 巻き込むくらいだったら、ここでお礼を言って消えてしまおう。

「…ルドヴィーク」

「…みゃーさん」

「おまえがなにか伝えようと色々、もがいているのは知っているよ。でもな、言わなくて伝わるものもあると思うんだ」

 顔をあげれないまま、目の前に彼女が座ったのがわかった。

「たとえば、いま。おまえはわたしの前から消えようとしていることも」

「!」

「図星だろう」

 肩を揺らしたことで、肯定してしまったことになるだろうか。

「…美逆から話は聞いている」

「ドイツコート!?」

 思わず、顔を上げた。
 難しそうな顔をし、彼女は眉をひそめている。

「偶に、一緒にいただろう。何をしているか問いつめたんだ。ペロッと話したぞあいつ」

「………」

 なにしてるの、あの人。
 なにしてるの、あの人。

 機密事項じゃないのか、あれ。

「うーむ、これが本当に必要なことなのか? 言い出せないのはわかるが…」

 首を傾げながら、彼女はその赤縁眼鏡を外して折り畳んで胸ポケットに収納した。
 呆気にとられているサザンカの顔を両手で挟んで、その口と口を―――






「ふむ、こんなもんか」

 時間して、十秒ほど。
 互いに目もつぶらずに行われたそれに、サザンカが真っ赤になって叫んだ。

「み、みゃーさん! 何してるんですかー!」

「いや、だって美逆が呪いを解くためには必要だと」

 対する美夜日は憮然とした表情で言い返した。

「呪いって…あ!」

 耳が、確かなら。
 自分がいま言った言葉は、普通に聞こえているはずだ。

「さて、ここまでが前提だと聞いている。というか、本人に聞けとしか言われなかった」

「は」

「いまなら言いたいだけ言えるだろう、言うがいい」

 仁王立ちをした彼女は、正座をしているサザンカを見下ろして言った。
 その頬は、サザンカよりも赤く染まっていたのかもしれない。

「とりあえず、頼れ!」

 それは。
 初めて会った、あの日のままに。

 あの日、あなたに惚れた姿のままで。
 離れなければと思うのに。

「…はい、みゃーさん」

 側にいたいと、思うのです。








 後世、あらゆる意味で異端さで名を残す悪の組織があった。
 その頭領の側には、公明正大な魔法少女がいたという。


 


 

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