法少女は面目につき。


 

 魔法少女とは―――


 世に蔓延る悪を成敗するために生まれた特殊な存在のことである。
 神から精霊から、はたまた地球外生命体から一時的に与えられた強靭なる力を奮うことを許された者。
 最古の魔法少女は氷河期からともいわれているが確かな証拠はなく今でも議論が続いている。
 すべての魔法使いは魔法少女の系譜からなる。
 魔法使いの祖先は魔法少女にあり、その血脈を持つものは性別に関わらず大なり小なり魔力を有する。
 大抵の魔法少女たちはこの力を次代へと託す。
 魔法少女が絶えないように悪もまた絶えないからだ。
 娘であったり孫であったり、血の繋がりがあるならどんなに薄くなってもいい。
 そうして魔法少女は世界を守るのだ。
 こうして世界は魔法少女に守られるのだ。





「わたしに魔法少女になれというのか」

 時刻は放課後。
 名門子女が通う荘厳華麗、言い方を変えれば成金が贅を尽くして建てたホテルのような高校の廊下で少女と少年は相見えた。
 高価な壺や絵画が飾られた壁に寄りかかった少年は笑顔で頷いた。

「そうだよー年齢的にもまだいけるでしょ」

「ふむ」

 漆黒の長い髪を二つのおさげにし、赤い縁取りの眼鏡を中指で押し上げた少女は言う。

「魔法少女。聖なる力を授かる者。条件は魔法少女の血筋であること。確かにわたしの伯母は魔法少女だな」

 ひとつ、と少年は人差し指を上げた。

「もうひとつの条件は乙女であること。ユニコーンに乗れなければ資格はないというな」

 ふたつ、と少年は中指を上げた。

「最後に意志! 悪を滅ぼさんとする確固たる志操!」

「みっつー。そこまで徹底しなくてもいいけどねー」

「何を言う!」

 薬指を上げた少年の衿元に掴みかかり、少女は力強く言った。

「魔法少女になるということは命を賭して悪を屠らねばならないということだ! すなわちこれは天命である!」

「いやこれ書類審査から弾き出した結果でしかないんだけど」

 がくんがくんと揺さぶられながら少年は訂正を入れるが少女は聞いていなかった。
 険しい顔をしてなにやらぶつぶつと呟いている。

「…よかろう。承知した」

 少年から手を離し、少女は少年から手渡された紙を改めて読んだ。
 手書きなどではなく、そこらで普通に流通しているコピー紙である。

「じゃあここに拇印…うわちょっと待って血じゃなくていいから、インクあるから」

「何を言う。血の誓いを記さなくて魔法少女といえるのか!」

「悪魔の契約書と勘違いしてない?」

 これ単なる確認書類だからさ、とインクを差し出す少年にカッターの刃をキチキチと戻す。
 魔法少女になるのに必要だというレトロな指輪を右手の中指にはめながら、少女は少年を見上げた。
 眼鏡の縁が夕日の光を反射してきらめく。

「おまえ2ーCの
美逆(みさか)だろう。その髪は地毛か?」

「地毛だよー」

「その左耳のピアスはなんだ」

「魔力抑止ピアスだよー」

 赤みのある茶髪に左に小さなピアスをしている少年を鋭い目つきで上から下まで観察した少女はふむ、と頷き踵を返した。

「制御具は校則内だな。これだけか? わたしは帰らせてもらう。さらばだ」

 呼び止められてからこの間五分。
 彼女の足取りに迷いはなかった。





「なんてことだ…!」

 同級生に呼び止められたせいでいつもより五分も帰宅が遅れてしまったことに憤りを感じつつ、近道をしようと込み入った路地の先で少女は叫んだ。



 誰よりも時間と校則に厳しい『時代錯誤が服を着た』もしくは『おさげで眼鏡の古時計』と呼ばれる風紀委員長の彼女は帰り道で見知った人間の背中を見つけた。
 先月転校してきた男子生徒で、道がわからないのかキョロキョロしながら道の真ん中で右往左往を繰り返している。
 あれでは彼も車も危ないではないか。
 これは早急に助けてやらねばなるまい。

「る」

 しかし呼ぶ前に走って行ってしまった。
 どこに行きたかったのか。
 ここまで来るとどこに行こうとしたのかが少しだけ気になる。

「むむむ。また迷うなら…」

 思考は三秒で打ちきり、彼の行った方向へと駆け出して行った。



「なんだここは」

 込み入った路地の先、古びたなにかの工場跡地のような場所。
 たしかに彼はここに入ったはずなのだが。
 しばらく観察していると、錆びたシャッターを押し上げてパラパラと人間が―――

「全身黒タイツ…もしや悪の組織の本拠地!?」

 警察に通報せねば。

「いやまてよ」

 右手におさまった指輪を見る。
 できる。
 いまの自分になら悪を倒すことが。
 少女は段ボールを畳んでいる集団の前に駆け出した。

「魔法少女、見参!」

「「「!!?」」」

 突如現れた魔法少女に黒タイツ集団は蟻の子を散らすように逃げていく。

「待たんか! 警察につきだしてくれる!」

 とりあえず一番近くにいた黒タイツに足を引っかけて背中に乗っかり捕まえると周りの黒タイツ達がおろおろとしだした。
 踏まれた黒タイツが叫ぶ。

「みんな、逃げろ!」

「おまえを置いて逃げれるか!」

「いやでも女の子を殴るとかしたくないし!」

「…あれ?」

 必死な救出活動の中、彼らはあることに気がついた。気がついてしまった。

「どうみてもこの娘、ただのセーラー服だ!」

「制服改造は校則違反だろうが!」

「魔法のステッキとかはどうした!」

「勉学に不要なものは学校持ってきてはならない!」

「「「えええええ!?」」」

 彼女の―――
樗木美夜日(ちしゃきみやび)の格好はいつもと変わらない。
 長い黒髪はおさげだし、赤い太めの縁取り眼鏡は光り輝いて白いセーラー服のスカート丈は膝をついたときに地面に触れるか触れないかで調整されている。
 靴下は無論白のハイソックス。黒の革靴。
 ステッキの代わりに勢いよく学生鞄を振るっている。

「うむ、魔法か…よくよく考えたら魔法を使う生活をしていないから使い方がよくわからん」

「「「えええええ!?」」」

 質実剛健を旨とした家で生まれ育ったため、魔法少女の家系ではあったが魔法を使ったことがないことに美夜日はいま気がついた。

 足があるなら歩け!
 手があるなら伸ばせ!
 魔法なんかに甘えるな!
 勉学も運動も積み重ねて得るものだ!
 英知を輝かせ、体を鍛えよ!

「魔法は甘え。くそう、こんなことになるなら魔法の練習をすべきだったな!」

「問題はそこじゃないと思うよ!?」

 悔しがる美夜日にツッコミを入れる黒タイツ集団。
 ある意味異様な光景に、間延びした声が響いた。

「みゃーサーン」

「ルドヴィーク!」

 黒タイツ集団に囲まれた少年というよりは青年に差し掛かっている男が手を降りながら走り寄ってくる。
 亜麻色の髪に薄紫の瞳をした人物は黒タイツを足蹴にしている美夜日の前で止まった。

「みゃーサン、どうしつここにいらさるんですかコンニチワ!」

「こっちの台詞だルドヴィーク。あとどうしてここにいらっしゃるんですかだ。こんにちは、は最初に使え」

 ルドヴィークは日本語がまだうまく話せない。
 先月に転校してきた彼の面倒を見てきたのは、何を隠そう美夜日だった。




 

 職員室前で担任から紹介されたとき、どこか異国の王子のような風貌をした彼に度肝を抜かされたものである。
 美夜日は同年齢平均より身長がないので、自分より頭三つ分はある彼を見上げなければならなかった。

『ハジメてマシテーわたし、ルドヴィーク・プロハスカさんでス』

『初めまして、だ。て、はいらん。あと自分にさん、もつけん。わたしは樗木美夜日だ』

『小シャッチョさん』

 どこのおさわりパブだ。

『ち、しゃ、き、だ』

『シーチキンさん』
 
 わたしは缶詰めか。
 このままでは加工品にされる。

『ううむ。名字は難しいのか。美夜日と呼んでよし』

『にゃーびぃさん』

『にゃーびぃじゃない。みーやーびー』

『みゃーびー?』

 ううむ。
 これがいまの彼の限界であろう。

『………まあよし』

『わたし貴様を下読みしまった。みゃーびーさんもルドヴィーク呼びんさい』

 もはやどこから正せばいいのかわからない。
 それだと外国のおもちゃのようであるし、貴様とはなんだおまえ喧嘩を売っているのか。
 あと何故か語尾が方言になっている。 が、いま言って直るものでなし。

『いろいろ間違っているが追々な。しかし貴様とはなんだ貴様』

『?』






 聞き取りは十分できるが話すのはまだ不安が残るルドヴィーク。
 そういえば、彼を追って来たんだった。
 美夜日は腕を組んで彼を見上げた。

「どういうことだ、ルドヴィーク」

「ここいくつかのオウチがひとつでス。茶々入れますのでおかわりクださい」

「ひやかしてどうする。そしておまえが飲むのか」

「みゃーさん、あらたかよりつめたく飲んべえでス?」

 ルドヴィーク、おまえはどこで日本語を学んできたんだ。
 いま切実にバ〇リンガルかほん〇ゃくこんにゃくが手元にほしいと思った。
 青色たぬきよ、馬鹿にしてすまない。君は実に偉大な存在だったのだな。
 
 しかしこんな黒タイツ集団に囲まれて彼が平然としているのは何故だろう。脅えていない。
 仲良さそうに話してもいたし。

「ルドヴィーク、どうした」

「トトーサン」

 背後のシャッターを押し上げて出てきたのは恰幅のいい男性だった。
 黒タイツではなく質の良さそうな黒のマントを羽織っているところをみると―――

 ピタリと。 

 美夜日の中でなにかがひとつに繋がった。

 コイツが―――

「貴様がルドヴィークを誑かしたのか!」

「は」

「タブーからし?」

「なんてことだ…!」

 美夜日は頭を抱えた。
 転校してきてすぐで、友達が美夜日しかできなかったからか。
 金持ちの子が通う初等科からのエスカレーター式なあの学校では転校生は目立つと共に排斥される存在だった。
 いじめなどはないにしても、余所余所しさは拭えない。
 
 その寂しさが、侘しさが招いた悲劇か!

「悪の組織に入るなど―――校則違反も甚だしい!」

 ルドヴィークの肩をガシリと掴み、美夜日は決意した。

「みゃーサン?」

「おまえを正規の道に戻してやる! 絶対にな!」

 なおさら正義感に燃え上がる美夜日に不思議そうにルドヴィークがマントの男を指さして言った。

「みゃーサン、あれトトーサンでス」

「徒党だと!?」

 やはり悪に染められようとしている。
 許しておけんと向き直った美夜日にマントの男が慌てて手を上げた。

「待て、待ってくれ! 説明させてくれ!」

「待てと言われて待つやつがいるか!」

「三分間待ってくれ、ルドヴィークはワタシの息子だ!」

「なん…だと!?」

 この樽腹と細身のルドヴィークが親子だと。

「もっとそれらしい嘘を―――」

 いや待てよ。
 血の繋がりがなくとも親子にはなれる。
 まだ日本に来て日が浅いルドヴィークを騙して金持ちであろう彼の家を乗っ取ろうとしているのではないだろうか。

「信じられないかもしれないが、いま組織は解体中なんだ。安心してくれ、ルドヴィークに跡を継がせることはない」

「跡が継げない…だと」
 
 跡が継げない。
 これは父を越えなければ跡をまかせられないということだろうか。


 美夜日の家は完全実力主義である。
 そこに男尊女卑などは存在しない。
 男より強い女がいてもいいではないか!
 女より弱い男がいてもいいではないか!

 刮目せよ!

 自分に見合った能力を生かせよ!
 さらに足りないのなら努力せよ!
 才こそすべて、己れの力で伸し上がれ!
 まさに今現在、当主である御年八十八の祖父に父が、兄が、あるいは母が日々拳で語り合いながら家督争いをしている。
 祖父は強い。
 鬼のように強い。
 強靱な肉体をもってして仕込み杖で敵を薙ぎ払い、その顎に強烈な拳を叩き込む姿は米寿を迎える老人には見えない。
 しかし父たちは諦めない。
 諦めたらそこで終了だからだ。
 努力とは、実らせなければいけない!

 弱いなら、強くなればいい。
 一人で無理なら協力しよう。

 美夜日は叫んだ。

「ルドヴィークが弱いからか!」

「は」

「ルドヴィークが弱いから跡を継がせられないというのか!」

「ちが」

「ルドヴィーク!」

「ハイ!」

 慌てふためく黒マントの男に背を向け、美夜日はぴったり横に引っついてくるルドヴィークに視線を合わせた。
 犬であればそれはもう尻尾を振り切らんばかりで目を輝かせている彼に、思いの丈をぶつける。

「悔しくないのか! 勝手に限界を決められて! わたしは悔しい! おまえはもっと強くなれると信じている!」

「ハイ!」

 ルドヴィークの薄紫の瞳が力強く輝く。
 この宝石のように美しい色が美夜日は好きだと思った。
 そしてこの色を濁らせてはいけないとも。
 その為ならば、どんな努力でもしよう。

 我が生涯をかけてでも!

「わたしについてこい! もっともっと強くなって、あんなやつに跡を継がせられないなんて言わせないようにしてやる!」

「ハイ、みゃーさん! 一生ツイてきまス!!」

「よし! 明日からわたしの家で鍛練開始だ!」

「ゴーンと縫合いたしまス!」






 その後、時期としては定かではないが、ある悪の組織のボスと魔法少女が結ばれるという事案が発生したという。

 


 

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