暮れ飛行


 

 許すわけ、ないじゃない。


「起きたのね!」

 目を覚ますと、そこは白い空間が広がっていた。
 清潔そうな服を着た女性が枕近くにあったボタンを押す。
 すぐにいろんな人間が私を取り囲んだ。ベッドから起き上がれない私を。

 私は半年以上も植物のように眠っていたらしい。
 それから色々と検査をして次第に思い出していった。
 まぶたの裏に浮かび上がる光景。汗にぬれた半袖、燃えるような夕焼け、急な角度の階段。
 
 そして。

「あいつは?」

 その言葉に。見舞いに来ていたみんなは押し黙って、やがて泣き出した。
 泣いて泣いて、ぐしゃぐしゃになった声でこう言った。

「お前を助けようとして、あいつ」

 あいつは死んだ。

 長い長い階段の上から落ちて。私を助けようとして。

 事故ではない。
 あの日、曲がり角から急に出てきた女が私を突き落としたのだ。
 わけのわからないことをわめき散らして。
 目撃者がその女を捕まえて通報してくれた。だから私は助かった。
 けれどあいつは死んだ。間に合わなかった。
 私が意識不明で眠っている間にあいつの葬式は終えてしまった。
 落とした相手の親は金持ちで、どうにか示談で済ませようとしたらしい。
 あいつの親はけして顔を縦には振らなかった。私の親も。

「許すわけ、ないじゃない」

 あいつの死はみんなを傷つけた。



 なんて、悲劇の主人公のようなの。

「許すわけ、ないじゃない」

 ようやくひとりで立ち上がって歩けるようになった。
 松葉杖を床に放り投げて、銀色のフェンスに寄りかかる。
 夕日に暮れる空の下、白いシーツがはためく屋上で私はあいつとの最後の光景を思い浮かべた。

 暑い夏の日。あいつに呼び出された長い階段の上。曲がり角から現れたあの子。
 紺のセーラー服はこの辺りでも有名な女子高の。光を反射する長い黒髪。育ちの良さそうな綺麗な、純粋そうな女の子。
 その横に、その子の肩を抱いた、あいつ。

「そういうことだから、な?」

 わけもわからずに固まっていた私の横をあいつが乱暴に通り過ぎようとして、あいつの肩が当たって体勢を崩した私をあの子が支えようと手を伸ばして。
 その手をあいつがはたき落として。

 私はそんなあいつの手を死に物狂いで掴んで引いた。
 浮遊間のなか、あの子の叫び声とあいつのひきつった顔がオレンジの視界にスローモーションで流れていく。

「許すわけ、ないじゃない」

 あいつを。
 私を。
 あの子を。

 私は二度目の浮遊感に目を閉じた。

 


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