ちぷち、未来。


 

 欲張ることは、難しい。


 もう秋ではなく冬だ。
 雪が深く積もる地域ではないが、盆地というのは夏は暑くて冬は寒い。
 でも暑いよりは寒いほうがまだ対処のしようがあるのだ。
 長袖は着込めばいいし、タイツは二重履きという手がある。
 脂肪は捨てられないが女は捨てれるとは先輩の言葉である。
 なるほど、女子校は業が深かった。

「はっくしゅ!」

 ずっと同じ体勢でカメラを構えていたせいか、なんか筋肉が固まっている。
 腕をぐっと頭の上に伸ばす。
 風が冷たいなと思っていたら首になにか巻かれた。
 パステルピンクと白のチェック模様。もこもこ毛糸。

「あげる。シーズン初物ー」

「わああ! 器用ですね!」

 彼からだから、売り物ではなく手作りの品だということがわかる。
 電車の中で作られたもの。彼は電車内職人である。

「ありがとうございます、お礼に博多明太子飴を…」

「どこで買うのそんなの!?」

 これは叔父のお土産だけど。辛さと甘さがちょうどいい。
 私が好きだから、いつも買ってきてくれるのだ。
 叔父と、いえば。
 階段を途中で降りていてパソコン落としてないのと電気も消してないしで部屋に戻り。
 そもそも鍵が見当たらないと大捜索をしていたら家に上がらされていたんだった。
 色々と彼のことは話していたし、前々から気になっていたみたいで。
 でも私がいるときにすればいいのに。

「先程はすぐに出なくて申し訳なく…」

「いやいや大丈夫。よく似てたよね!」

「あ、それはよく言われます」

 両親より、叔父夫婦。特に叔父とはよく似ていると言われる。
 顔もだけど雰囲気などがそっくりとだと言われるのでそうなのだろう。
 童顔までは似たくなかったものだけど。
 いや大丈夫、先は長いんだ。二年後にはボンキュッボンになってるかもしれない。

「豆乳たくさん飲みますね」

「? イソフラボンって健康にいいよね!」

 知らなくていいのです。
 知らないうちに大きくなるのです。


 彼とこうして休日に会うのは二度目だ。
 一度目は、互いに都市部に出てくる用事があったので都合を合わせてみたのだけれど。

「あ、かん…じゃなくてカナちゃん元気?」

「いまは、元気です。一時期はピリピリしてましたけど」

 いまは。
 カナちゃんは顔には出ないけど雰囲気で機嫌が丸分かりなのですよ。
 大丈夫、平気といいつつ一週間はお味噌汁をコップに注いでいた。

「いやー。えーと。十河と知り合いだとは思わなくって」

「こっちも思わなかったので仕方ないんです。あと、あれは知り合いというより互いにトラウマ踏んだ感じだと思うんですよ」

 カナちゃんが、家に遊びに来てくれて。
 彼は彼でお友達の家に遊びに行っていて。
 落ち合う場所が偶然重なった。
 彼の、もうひとりの友達の家。
 叔父の使いでカナちゃんと一緒に『十河写真館』に行った。
 彼を見たいと言っていたからちょうどいいかなと思ったのだ。
 何度も行っていたから場所は覚えていたし、そこのおじいちゃんとも知り合いだったし。
 ただ、そこのお孫さんとは一度も会ったことはなかった。
 それがまあ、彼のお友達だったわけで。

「十河が喋ったからこっちもびっくりしちゃってさ」

「そんなに普段から話さないんですか」

「うん。なんかもう、十河はそういうものだと思ってたから、なんだろ。かわいい着ぐるみからいきなりおっさんの声したら驚くじゃん。あんな心境」

「ねずみの楽園でやったらアウトですね…」

 深夜に誰かが来るのですよ。

 しかし、今日はなんというか。
 私は写真を撮るの楽しいけど。

「見てるだけって、つまらなくないですか」

「いや、これが結構楽しいんだよね。叔父さんからはくれぐれも目を離さないでくれって頼まれたし」

 まあ、確かにカメラマンは自分の世界入って写真を撮っていると変なことになっているとは聞くけど。
 私が外で撮るときは、必ずといっていいほど誰かがついてくる。
 別に車道にフラフラとは行かないんだけどな。
 みんな、過保護なんだ。お兄ちゃんはもう知らない。

「聞いたよ? いま髪短いのも目を離してた隙にやられたって」

 やられたって。これは事故なんだけど。
 去年の冬に、庭で手持ち花火の写真を撮っていて。
 その頃は腰を越えるくらい長くって。

「近づきすぎて、髪は二つに結んでたんですけど。片方が、こう毛先からわしゃーって燃えちゃ」

「危な! なにそれこわ! 目が離せないの納得した!」

「二度はないですよ」

「あったら困るよ!」

 あれから花火してないな。
 撮るのは難しいんだけど。
 冬のピンと張った空気の中で弾ける光の花はとても美しい。
 打ち上げ花火でもいいから見たいな。
 でも夜の外出は許してくれないから。
 今日だって門限は六時。
 これでも交渉して一時間伸ばしてもらったのだ。
 どうせなら普段できないことをしたいではないか。
 夕焼け空も好きだけど。
 高台から明かりが灯るだろう場所を指差した。

「そろそろイルミネーションがつきますね」

「あ、ここ雑誌で見たことある。カップルで来ると破局するって」

「えええ!?」

 初めて聞いた。
 前から狙っていた絶景ポイントなのに。
 いや、うんカップルが来ると、だし。
 私と彼はまあ、違うし。違うし。違うし。

「よくあるよね、人を寄り付かせないために変な噂流したりとか」

「そういう考え方もありますね…」

 悪気はないんだろう。
 善意で切り裂いていくって新しいな。
 愛と正義だけが友達のヒーローもいることだし、彼もそうだと割り切らないと。

「蝉くんって、ほんとに思いついたままに発言しますよね」

 発言はまあ、ほかにもいるだろうけど。彼の場合は発言を絶対に叶えてしまうから。

 彼曰く。思いとどまって数歩戻ったらまたその分歩かなきゃならなくなる。
 思ったその時なら一歩でいいのに、戻っただけ歩くことになる。それはなんか損した気分になるから。
 歩けるならその時に歩いとくべき、なんだそうで。

「えーと、褒めてる…?」

「褒めてます。でもちょっとだけ責めてます」

「えええ」

 これはもう、長期戦を覚悟済みなのです。







「サイトをですね、今日から再開しました」

 写真は、今日は撮らない。
 イルミネーションのアーチをくぐりながら私は言う。
 隣を歩く彼は黙ってそれを聞いていた。
 彼の言うとおり、カップルよりは家族連れやお年を召した方が多い。

「私の中で、いろいろ整理がついて。それでも残ってた物って何かなって考えたら結局はサイトで」

 本当は、閉じてしまおうかなとも思った。

 あの子もサイトがなければ仲良く出来たのかな。

 なんて、いまさら過ぎることは考えることはやめた。
 私がやりたいようにしかやれない。

「私は私にしかなれないって教えてくれたのは蝉くんです」

 その責任を、とっていただこうではないか。




「おおーすごい…」

 再奥のイルミネーションは、予想以上に見事だった。
 滝のように降り注ぐそれは冷たい空気の中でより一層輝いて見える。
 複数の色ではなく一色にまとめているのもポイントだ。

「撮らなくていいの?」

「今日は、撮らないんです」

 今日はもっと別のことをするんだ。
 向き直って、私は深呼吸した。
 まずは一歩目だ。

 いくぞ。

「来年もまた一緒にここに来てくれませんか」

「俺と?」

「そうです。出来たら再来年も」

「だいぶ先の話だね」

 目を丸くして、彼が言う。
 そう、先の話を、未来を予約しておこう。
 私は要領がよくないから、先回りしておかなければと思ったのだ。
 ぷちぷちと、ひとつひとつ攻略させてもらおう。
 一年では無理なら二年かけて。
 二年では無理なら三年かけて。
 欲張ることは、難しい。

「いいよ! 来年も再来年も一緒に来ようか!」

 彼は嘘をつけないから、そこにつけこもう。
 自分でもなんかせこいと思うんだけど。

 これが、私だ。

 イルミネーションがまた色を変える。
 いつかはきっと、声を大にして言いたいけれど。
 これがいまの私の精一杯だから。
 歓声に消されてしまうくらいの声で。


「ずっと一緒にいてくださいね」


 少しずつでも、早く歩く君に近づいていく努力をしよう。

 私らしく、私が思うように生きていこうと決めたから。


 きっとこれが、私のぷちぷち日和。

 


 

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