んだ白雪姫


 

「うわぁあああ!」

「ひーちゃんがなかせた!」

「ききちゃんないた!」

「つきちゃんどこー?」

「すいちゃんきえた!」

「いるよ! おふろ!」

「つきもはいる! はいる!」

 玄関のドアを開けたが瞬時に閉めた。
 相変わらず五月蠅い。
 同い年の子供が五人も集まればそうなるか。
 どうしよっかなーこのまま自室に直行しようかなー。

「あ! ざくちゃん!」

 どこかの量産型のように呼ぶんじゃない。
 しまった。ドアの閉める音で気づかれた。
 ひとりが気づけば、全員が玄関へと走り出した。
 これは押し潰されるフラグ。しかし避けることは精神的にできない。

「「「「「おかえりなさーい!」」」」」

「ぐふっ」

 ひとり、ふたり、さんにん。よんとご、は勢いをつけて乗ってきおった。

「ぐはっ」

 一度に乗っかるでないわ。潰れる、潰れるから!
 一人一人ならまだ軽くても、五人は重い、重い!


「あらあら。おかえりなさーい」

「こらこら、降りなさい五人とも」

「「「「「ハーイ」」」」」

 助かった。
 幼児五人に殺されるところだった。
 リビングから顔を出した叔母と叔父の二人によってようやく解放され、とりあえず自室にと階段を上ろうとしたとき。
 鳴り響く、音。
 廊下で鈍く光る、イマドキ使えるなんて思えない骨董品のような黒電話からだ。

柘榴(ざくろ)ちゃーんごめんけどお電話出てー」

 マジか。
 家庭教師はいりませんがなにか。
 せめてナンバーディスプレイならいいのになぁと受話器を取る。

「もしもし、琴原ですが」

『やぁ、りんごちゃ』

「叔母さん、迷惑電話みたいだから元から抜いていいー?」

「あらあらー」

『待って! 待って待ってきらないで抜かないで!』

 この際、壊してナンバーディスプレイの電話に変えてやろうか。
 しかし子育てにはお金がかかる。五つ子ならなおさらだ。
 自分の貯金はまだ崩せない。
 ここはぐっと堪えて受話器を握りしめた。
 聞きたくなかった声。
 人を指図するのに慣れた声。
 ―――懐かしい、声。

「わたしは柘榴です。お間違えのようですので時報にでもおかけなおしください」

『いやいやいや。一般人の琴原柘榴ちゃんには用がないよ。私が話したいのは―――
姫菱(ひめびし)りんごちゃん、君だよ』

「…それはもう死んだ人間の名前ですよ」

『いいや。死んでなどいない。それに死んでいたって、彼女は何度だって生き返るさ。彼女は、姫菱りんごは永久に不滅だよ』

 よみがえってなど、なるものか。
 ぎりりと口と手のひらに力が入る。

 あの子は。
 誰よりも愛された。
 誰よりも憎まれた。
 姫菱りんご、と呼ばれた女の子は。

 わたしが、殺したのだから。





 かつて。
 十年以上も前のおはなし。
 少女がその世界に初めて降り立ったのは、まだ自我も確立できていない赤ん坊の時だという。
 人見知りをしない少女はどの仕事でも重宝された。
 そしてなにより、どんな人間も虜にする笑みをもっていた。
 芸能界、という世界で。
 それは特別の輝きを放った。
 大勢の人間に囲まれて育った彼女は外見は元より、精神の成長が早かった。
 言葉をはっきりと話せたし、聞くことができた。
 頭の回転も早く、どんな大人の要求も難無く汲むことができた彼女は。

 いつしか一世一代の稀代の天才子役として世界に名を馳せた。

 可愛い子供の役。
 我儘な子供の役。
 話せない子供の役。
 歩けない子供の役。
 病に蝕まれた子供の役。
 少女はどんな役でも自分のモノにしてみせた。
 外国語を話す役ならば日常会話まで話せるように努力した。
 楽器を弾ける役ならば寝る間を惜しんで身につけた。痩せこけた役をせねばならないのなら食を断って役になりきった。

 少女はどこまでも、骨の髄から役者だった。
 子供だからと、軽く見られることを、済ませられる事柄を嫌った。
 誰もが言った。
 少女は演じるために生まれたのだと。

 そんなある時。
 少女は世界でも有数の大物監督のオファーを受けた。
 もちろん主役だ。
 天使のような軽やかさと。
 悪魔のような残酷な性格。
 とある童話のオマージュ作品としてつくられた、ひとりのお姫さまのお話。
 演技はもちろん素晴らしかった。
 きっと後世にも語り継がれると絶賛され、作品は世界的にヒットを飛ばした。
 その作品を最後に。
 少女は。

 姫菱りんごは消息を断った。







 かつて。
 十年以上も前のおはなし。



『確かに、あの頃の君はボロボロだったね。お母様は』

「それ以上は言うな!」

 言わないで。
 お願いだから。
 受話器を握る、手が震える。
 わたしはいまだに克服できてやいないんだ。
 あのひとの、存在を。

『…君はこの世界に帰ってくる。いや、帰らねばならない。君は演じるために生まれたのだから』

 それは、呪いの言葉のようだ。
 何度も、何度も繰り返された、言葉。

「…違う。わたしは柘榴だ。りんごなんかじゃない」

 なにも、選べなかったあの頃の少女はいない。
 演じることでしか、生きる意味を感じられなかった憐れな女の子はいない。

『…十年前の、あの映画の続編の話が出てるんだ。興味が出たら連絡をくれ。待っている』

 一方的に、きれる電話。
 なにも、これがはじめてではない。
 何度も何度もかかってくる声たち。
 
 忘れたいのに。
 忘れられない。
 
 それは、きっと。
 

「ざくちゃーん?」

「いたいいたい?」

「おやつたべる?」

「すいのあげるー」

「つーもあげるー」

 わらわらと、固まるわたしを囲む五人の小さな身体。
 心配そうに覗く、叔父と叔母。

「…そんなにはいらないよ。自分で食べな?」

 一番近くにいた二人を抱きしめると、残った三人がズルいと引っ張ってきた。
 大丈夫。
 わたしはまだ、大丈夫だから。
 そんな悲しそうな目をしないで。



 その日、夢を見た。
 ずっと見ていなかった、あの頃の夢を。

 


 

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