学屋上にて。


 

「ところで花園。ミス研のサークルに呪われそうなんだ、俺」

「…何に対して『ところで』なの?」

 また始まった…と私はほとほと呆れると共に、おもわず海月に感心した。
 すでに話の主導権を握っている。おそるべし。

「あんたがミスになってどうすんの。男のコンテストもあるの、この大学?」

「それ、ミス違い。ミステリー研究のサークル…あ、略しちゃいけないからね『ミステリーサークル』とか。別物になってくるから」

 誰がするか、と言いたかったが口に出さない。代わりに売店で買った人気商品、超特大焼きそばパンに噛りついた。本当は食堂でB定食を頼むはずが、海月に「人が居る所では話しずらい」と屋上まで連行されてしまい、仕方なくだ。ちなみに海月はマイ弁当持参である。

「何だったかな、ほら4月。サークル勧誘がすごかった時…あれはほとんど強制的だよね。花園はサークル入ってないけど」

「もちのろん。いくつバイト掛け持ちしてると思ってんの。鉄腕アルバイターとお呼び」

「………」

 海月は賢明にも黙ったままだった。
 私は月曜と木曜は喫茶店のバイト、火曜と水曜はコンビニのバイト、金曜はケーキ屋のバイト、土曜と日曜もほとんど飛び入りの短期バイト(人が足りない際には海月をも巻き込み)で金を稼いでいるのだ。主に学費と生活費の為である。

「医学部は金が異様に高いしさ。いいよね、海月の家は金持ち…んって海月サークル入ってたっけ?」

 その私の言葉を待っていたのか、海月はゴミが入らないように、と食べかけの弁当にフタをしてから顔を上げた。

「それが本題なんだ」

「ほぉんふぁひ?」

「………」

 特大焼きそばパンを口に入れたまま横を見ると、いつも能面のように無表情な海月の顔が少々、呆れた顔になっているのに私は気がついた。が、無視した。

「俺も面倒なのは嫌だから、サークル入りたくなかったんだけど…あんまりにも勧誘すごくて一時期うかつに帰れないくらいだったろ?」

「あぁ、私が塀から出入りしてた頃?」

「誰しも君のように恥知らずにはなれません。しかも寝坊してたからのくせに」

「…うぐっ」

 反論は、出来ない。今まで生きてきて通信簿に「落ち着きがなく、突飛な行動をする」と書かれなかったことが、まずない。自慢にならないか。

「一番、厄介だったのがミス研。課題のプリントの中に勧誘のビラが毎日挟まってたり、アパートのポストに入部届けの紙とビラが入ってたり」

「…うーわー」

 今の会話を聞いて、どべっと食欲が失せたわけでもないのだが、飽きてしまった超特大焼きそばパンはまだまだ残っていた。なにせフランスパンに焼きそばを挟んだ超特大、超固いパンなのである。試しに買ってはみたものの、食の細い私にはせいぜい5センチしか食べられなかった。五百円がもったいない。うう、世間一般、おしとやかな女性だったら買わないこと間違いなし、究極の一品に挑戦したというのにギネスには申請不可だ。
 しかたがない、残しては原材料(小麦粉)に失礼になる。
 私はその、超特大焼きそばパンを海月の前にずずいっと差し出した。

「海月、この残り食べる?」

「…聞いてた、花園。あ、もらう」

 海月は細い体をしているが、私より頭二つ、三つ分背が高いせいか消費カロリーが半端ない。マイ弁当は重箱二段重ね、黒の漆塗り加工である。
 差し出されたままに食べ始めた海月を横目で見ながら、私はくるりっと右の人差し指を回した。

「あー、えっと。ようするに、勧誘の猛攻に耐えられなかった。…いや、違う。耐えるのが面倒になって、仕方なくサークルに入った!」

「当たり」

 海月は左手で、よく福引会場に設置されている鈴を鳴らすマネをする。その仕草を眺めつつ、また私はくるりっと人差し指を回した。

「…だけど、一回もサークルに出てない」

「それも、当たり」

 さっきより激しく海月は左手を動かした。大当りを表現しているらしい。
 私は改めて海月を見て感心した。すでに超特大焼きそばパンは海月の手にはない。しかも残っていた弁当まで食べている。
 少し呆れて見ている間に食べ終わったらしい海月は、ポケットから器用に小さく、正方形に折られた白い紙を見せた。

「見ていいよ」

 などと言われる前に私は紙を広げる。正方形の折目正しく付いたその紙には、以下の文章が何の意味があるのか筆で書いてあった。


『前略、海月ひかり様
 本日、午後五時より実習棟二階、第三研究室においてミステリー実技試験を行います。
 なお、来ない場合は失格とみなし、強制退学となります。
 ミステリー研究一同より』


「…強制退学ぅ?」

「強制退部なら熨斗付けてあげるけどね」

 おもわず素っ頓狂な声を出してしまった私に対して、海月はやけにのんびりしていた。当事者のくせに。
 呆れ大半、心配少しで私は聞いてみた。

「…どうすんの?」

「どうしようかな」

 私はその返事に脱力しつつ、真上を見上げた。
 雲ひとつない、青空。何故か目に痛くて私は目を閉じた。

 


 

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